サイクリング
2010年04月06日
2010年04月04日 毛馬閘門付近にて
あまりに天気が良いので久しぶりにママチャリで淀川河川敷を散策しました。
実は憧れの「紫花菜」との出会いを求めて・・・^^;
ムラサキサギゴケ(紫鷺苔)
ふと、目に飛び込んできた小さな花!
オオイヌノフグリにしては大きいなぁと立ち止まって観察すると、これは初対面の野草でした。
結局、紫花菜には出会えなかったけど、気付いたら枚方まで来てしまった!
流星号(MTB)にすればよかったなぁ。^^;
木津川の残石について写真の看板より
この花崗岩の切石は、徳川幕府二代将軍秀忠が、元和六年(1620)からおよそ十年の歳月をかけて行った大坂城再建に際し、木津河畔の京都府相楽郡加茂町から切り出された石材の一つです。当時山城国相楽郡の一部を治めていた藤堂高虎が、普請を行うにあたって領内の加茂・笠置付近の石材に注目、高虎が担当した城内の石垣や城壁などに用いられました。元和九年(1623)に木津川流域に点在していた、残石を調査した記録には訳五百個もの石が記録されていますから、当初どれほどの石材が切り出されたのでしょうか。
これらの残石は、その後大坂城の修復用に用いられましたが、木津川が流す大量の土砂に埋もれいつしか忘れられていたのを、昭和五十年(1975)十一月、加茂町大野の木津川原や赤田川河口付近の護岸工事の際、数十個の残石が発見されました。
現在木津川流域で赤田川河口を中心に、妬く六十個ほどの残石が確認されていますが、大坂築城の壮大さもさることながら、これだけの巨石をも運んでいた淀川を中心にした舟運の活況は、人々と河川の重要な繋がりを語るにふさわしい歴史の一齣でしょう。
平成十五年七月設置
淀川河川事務所
左:大川河川敷の花見客で混雑するトイレ 右:淀川のワンド
河川敷は花見客でごった返して自転車では通りにくかった。^^;
地面が見えないほどブルーシートが敷き詰められ、宴会で賑わっていました。
楽しそうで良いのですが、ゴミは持って帰ろうね〜
2010年04月04日の散策